笛のおっちゃんのブログ

落書き帳に近い面もありますが、半世紀にわたり一応我家のメシのタネになっている様々な笛の話、下手っぴなデジカメ写真などなどをランダムにアップしています。

熱海梅園      2014-08-14


140814-熱海梅園-01 梅の季節には一番遠いとも云える8月に梅園を訪れるのも妙なものだが、地図で見ると散歩コースとしては手頃な距離である。
 今にも降り出しそうな中をぶらりと出掛けた。
 このサムネイル、何故か縦長に成っているが、入り口近くにはこう云うりっぱな碑が鎮座ましましている。



140814-熱海梅園-02  園内を歩いているとよく分からないが、地図で見ると、この梅園は川沿いに作られていて、そのために細長いかたちに成っている。
 これが市内の中心部まで流れて行って、最後には熱海港に注ぐことになる初川のようだ。



140814-熱海梅園-03  梅園とは云え園内には色んな花、植物が植えられている。

 これはヤブランだろうか




140814-熱海梅園-04
 そのヤブランの花にセミの抜け殻が。
 比較的大型なので、この辺では多いクマゼミか、それともアブラゼミ、ミンミンゼミか、抜け殻だけではわたしには分からない。
 町田の尾根道でもヤブランの花で羽化している抜け殻が有ったが、足場がちょうど良かったりするのだろうか。



140814-熱海梅園-05  この近くに有る来宮神社にも楠木の巨木が有る。
 熱海にはクスノキが多いようだ。
 これもかなりの年数を経ていると思われる。




140814-熱海梅園-06 魚板と云っても普通の四角い板がぶら下がっているだけのことが多いが、これはちゃんと魚のかたちをした、正しく魚板である。
 昔、オケに居た頃、邦人作品のコンテストみたいなのが有った。
 応募作品の中に、この魚板を打楽器として使った曲が有ったのを思い出した。
 作曲者のお名前は思い出せないが、かなり強烈であったその響はしっかり記憶に残っている。



140814-熱海梅園-07  これはいわゆる戦没者慰霊碑のようなものだが、碑文を読むと、「この塔は 熱海市関係者で西南の役より第二次世界大戦に至る各戦役に於いて戦没された1025柱の英霊をお祀りしてあります」とある。

 西南の役というのもすごいと思うが、それ以前はどうなんだ、と云う風にも思える。
 要するに明治維新以降と言う風に区切っているのだろう。 



140814-熱海梅園-08  これがその碑文だ。

 それにしても、いくら熱海市関係者に限ると云っても、1025と云う数字はどう考えても少ない。
 将校以上とかに絞っているのかも知れない。



140814-熱海梅園-09  通路で水を飲んでいた真っ黒なアゲハ。
 あちこち飛び回るので中々撮らせてもらえなくて、一番マシなのがこれ。
 このアングルでは羽の模様もよく分からないが、白い紋が目立つので、モンキアゲハか?



140814-熱海梅園-10  昔は太鼓橋とか言っていたが今でも通じるのだろうか。

 こう云う木の橋はなんとなく安らぎを感じさせてくれる。




140814-熱海梅園-11
 こちらは赤く塗られた太鼓橋。。





140814-熱海梅園-12
 時期的にはどう成るのか分からないが、ユリが咲いていた。





140814-熱海梅園-13
 ユリも色々有って良く分からないが、これはテッポウユリか?





140814-熱海梅園-14 そのユリに更に寄ってみた。
 
ほぼ無傷で、綺麗な花であった。




140814-熱海梅園-15  小規模ではあるがこんな滝も有った。

 後で調べたらこれは「梅見の滝」と云うらしい。




140814-熱海梅園-16  滝の裏側が通路に成っていて、裏側から滝を通して外が見られるように成っている。
 滝の向こうに梅が見える、と云う趣向に成っているのかも知れない。

 自然の滝とは思えないが、たぶん園内を流れる初川の水を利用しているのだろう。



140814-熱海梅園-17
 裏側の通路を通り抜けて、反対側、つまり向かって右側から見たところ。

 



140814-熱海梅園-18
 ちょっと引いて見るとこんな感じ。

 滝は何段にも成っているが、この上の方まで行けるのかどうかは不明だ。



140814-熱海梅園-19  この少し前から雨が降りはじめた。
 美術館の手前で雨宿りをしていたが、止みそうにもないので、そのまま歩き出すが、カメラにはちょっと厳しい状況に成ってきた。
 このムクゲも手でレンズを庇いながら撮ったものだ。



140814-熱海梅園-20  白いムクゲも。
 これだけアップにしているのだから、本当はバックがもっとボケてくれるといいのだが、コンデジでは致し方ない。
 このすぐ近くに韓国庭園というのが有って、ムクゲが沢山植えられているのはそのせいなのかも知れない。
 たしかムクゲは韓国の国花だったはずだ。



140814-熱海梅園-21  この先、右手に見えているのがその韓国庭園らしい。

 興味は有ったのだが、今回はパスした。




140814-熱海梅園-22  これは中山晋平記念館。
 中山晋平は童謡、民謡、歌謡曲など、多くの作品を残した作曲家で、これは寄って見たかったのだが、生憎の定休日だった。
 次回の楽しみとしよう。
 ちなみに梅園自体は年中無休のようである。



140814-熱海梅園-23  帰りは来宮神社の横を通った。
 神社には先日も寄ったし、雨も降っていたので、これもパス。
 これはJRの下を潜るガードと云うかトンネル越しに見る来宮神社。




140814-熱海梅園-24  ちょっと薄暗い、こんな感じの細い道を通って帰途に付いた。

 後で調べたら、この熱海の梅園は明治19年に出来たのだそうだ。
 今回はシーズンオフではあったが、梅の数は半端無く多いようで、是非ともその時期に訪れてみたいものである。 園内に有る「中山晋平記念館」、「韓国庭園」、「澤田政廣記念美術館」、いずれも今回は入れなかったので、こちらも興味は有る。
 ただ、梅の時期にはおそらくはもの凄い人出が予想されるので、曜日、時間帯など考える必要は有るだろう。



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縁切り寺 2013/04/27

縁切り寺 2013/04/27

130427-鎌倉-01 鎌倉は身近に有るようで中々ゆっくり散策すると云うような機会には恵まれない。

 この日は鎌倉駅のスーパーローカルで、「吉水洋さんをしのぶ会」と云う食事会が有った。
 ちなみに吉水さんは、わたしより10歳くらい上に成る先輩ミュージシャンで、オーボエ奏者だった。

 何故かこの日に限り妙に忙しくて、その前に乃木坂で、会が終わった後は市ヶ谷方面で仕事が入っていた。
 間に合うかどうか、若干気になっていたのだが、朝イチの仕事の方が意外と早く終わったので、1時間くらい早く着きそうなタイミングに成った。

 それならば、と云う事で、一つ手前の北鎌倉で降りる事にした。

 訪れたのがこの東慶寺だ。

 さだまさしさんのファンの方だと、東慶寺と云う前に「北鎌倉」でもピンと来る方も多いかと思われるが、あの「縁切り寺」がこのお寺なのである。 またの名前を「駆け込み寺」とも云うらしいが、明治以前は多くの女性を救済してきたらしい。

 山門をくぐったすぐの左側に、この鐘楼が有る。 屋根はわりと最近に葺いたようだが、歴史を感じさせる趣がある。
130427-鎌倉-02

 後で調べたのだが、通路の途中、右側に通行止めに成っているところは書院などが有るようだ。 そのずっと先の右側に本堂が有る。
130427-鎌倉-03

 こちらが本堂、些少ながらお賽銭を上げて、型どおりにお参りした。
130427-鎌倉-04

 本堂の少し先に、山門の方に向かって鎮座している「金仏」様、カナブツと読むらしいが、道路と線路を隔てて向かい側に有る、円覚寺の北条時宗の廟の方を向いているらしい。
130427-鎌倉-05

 この先は墓苑に成っているらしく、お参りに行く人も見かけられた。
130427-鎌倉-06

 通路脇にはこんな仏様も。
130427-鎌倉-07

 境内にはこの花が沢山咲いていた。 ジュウニヒトエらしい。
130427-鎌倉-08

 後でアップの写真を見て、なにやら見覚えが有ると思ったら、最近撮ったキランソウとよく似ている。
 同じシソ科キランソウ属と云う事になるらしい。
 ジュウニヒトエと書いた小さな札が立っていたが、セイヨウジュウニヒトエのほうが正しいようだ。
130427-鎌倉-09

 シャガも一杯咲いていた。
130427-鎌倉-10

 シャガとは漢字では「著莪」もしくは「射干」と書くらしいが、あまりピンと来ない。 やはり「シャガ」で良いのだろう。
130427-鎌倉-11

 このところタンポポを見ると裏側を改める事が多くなったが、これはニホンタンポポかな?
130427-鎌倉-12

 お寺の切符売り場で聞いたら鎌倉駅までは10分くらい、と云う話だったが、実際には倍以上掛かった。 北鎌倉の近くだから鎌倉まで歩く事は無いのだろう。 これはその途中で見かけた地蔵堂。
130427-鎌倉-13

 「しのぶ会」の会場にはぎりぎりに成ってしまったが、無事到着。 普段滅多にお会いできない方々に会えてよかった。
 真ん中はフルートの大先輩、青木明さん、向かって左は小出道也さん、いずれも大変お元気そうだった。 小出さんとは仕事で一緒に成る事も多かったが、キノコや山菜採りに行ったり、ケーナやパンパイプ、はたまたどぶろくを作ったりした仲間だ。
130427-鎌倉-14

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お城の次は水前寺公園

4月16日
 日にちはかなり前後するが、熊本の二日目、つまりコンサート当日。 リハ開始の3時までの時間を無駄にしたくはない。
 前日は熊本城に行ったので、これはやはり水前寺公園だろう、と云う事で、ホテルのすぐ近くにある通町筋と云う電停で市電に乗った。 京都育ちの人間としては、路面電車イコール市電と云う先入観が有るが、そうでない市も結構多い中、熊本はれっきとした市電である。 ちなみに「通町筋」は「とおりちょうすじ」と読むらしい。
 往復歩いても大丈夫な距離だとは思ったが、多少は時間も節約したいし、市電にも乗ってみたいと云う事もあった。 水前寺駅通と云う、ちょっと紛らわしい駅が有るがそこではなくて、その二つ先の水前寺公園と云う電停で下りる。
 電車を降りて見当を付けておいた方角に歩くが、自信が無くなったので通りがかったお爺さんに聞いたら、その先だ、との事、公園はすぐに分かった。
 
 市電の駅も水前寺公園に成っているが、実はこれは通称で、正式には水前寺成趣園(じょうじゅえん)と云うらしい。 細川藩初代忠利公が鷹狩の立ち寄ったこの地を気に入って、御茶屋としたのが始まりだそうだ。
 その御茶屋は明治10年西南戦争で焼失し、泉水・築山なども荒廃したが、明治11年に細川藩主を祀る出水神社が園内に創建され、庭園は出水神社の境内と云う風になったようだ。
110416-水前寺公園-01

 庭園の広さは約10000平米との事だが、かなり広く見える。 真ん中に「湧水池」が有って、そjの周りを歩くように成っている。 阿蘇の伏流水が沸いているらしい。 池には大小様々の島も配されている。
110416-水前寺公園-02

 順路と云う表示に従って行くと、池を時計回りに歩く事になる。 この二つの石の橋を渡ると、鳥居が見えているが、出水神社が有る。
110416-水前寺公園-03

 これがメイン(?)の島で、他にも小さな島が沢山有る。
110416-水前寺公園-04

 三枚ばかりの写真を貼り合わせたパノラマ。 パソコンだと横スクロールしないとはみ出てしまうかも知れない。 携帯だとかなり細長い写真になるのだろうか。
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 池にいたこの白い鷺、町田でよく見かけるコサギではないようで、ダイサギとかではないかと思うのだが、定かではない。
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 マガモ(多分)も沢山居たが、中々良いアングルに動いてくれない。
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 ↑ 上のカモの右上に写り込んでいた緋鯉(と云ってもほとんど白だが)、「餌くれよ~」と云う表情か?
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 先ほどと同じカモ、羽繕い中?
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 ハト君のドアップ。
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 ムクドリ、あまり怖がらないようなので、結構近寄る事が出来た。 トリミングしただけで、拡大も縮小もしていない。
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 先ほどのマガモより一回り小さい。 コガモかなと思ったがこれも定かではない。
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 これが園内にある出水神社、と云うよりはこの神社の境内が水前寺公園と云う事らしい。 一応些少ながらお賽銭を投じて略式ながらお参りした。
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 五葉の松、細川忠利公ご愛用だった盆栽だそうだ。
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 この「光複」の文字は細川家十七代細川護貞公の筆、とあるが、早い話があの元総理・細川護煕さんのお父さんと云う事になる。
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 昭和天皇お手植えの松。 昭和六年行幸の砌(みぎり)とあるから、まだまだお若い頃だったのだろう。
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 出水神社の近くに、お稲荷さんも有った。 天保六年・御鎮座、との事。
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 この右側の山は、阿蘇山を模したものかと思ったら、そうではなくて、実は富士山なのだそうだ。 そう云えば、この池を巡る順路は東海道五十三次を模したものなのだそうだ。
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 左側は清正の後を受けて熊本城に入った細川忠利公、右側はそのお爺さんに当たる、藤孝公の銅像。 このお二人の間、つまり忠利公のお父さん忠興さんの奥さんが、有名な細川ガラシア夫人と云う事になるらしい。
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 少し離れて「富士山」を臨む。 赤い幟が見えるのは、先ほどの出水神社だろう。
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 池を四分の三くらい回ったところに有った能楽堂。 ガラスかビニールのようなものが掛かっているが、能をやるときには、もちろん取り外すのだろう。 観客は芝生に座って見るのだろうか、それも中々風流かも。
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 なにやら能楽の調べらしきものが聞こえてくるので、近寄ってみたら、そのガラス戸の中で扇を持って舞っている人がいた。
 能楽の方は、多分CDかなにかの音源だと思われるが、舞の練習中と云うところだろうか。
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 これは能楽堂の近くから池の対岸を見たパノラマ写真。
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 池をほぼ一周した辺りに、こんな感じの茅葺きの家屋が有る。 
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 特に有料と云うわけでもなさそうなので、入ってみる。
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 「古今伝授の間」と云う文字が見えるが、「古今」とはあの古今集の事らしい。 この建物、元々は京都御所の中に有ったのを、後陽成天皇の弟、桂宮智仁親王の茶室であったとの事。 そこで細川家初代の細川幽齋、つまり先ほどの銅像の右側の人物が、その親王に古今和歌集の奥義を伝授したのだそうだ。 その後、今の京都府長岡京市に移され、さらに明治に成って、この水前寺公園に移築されたとの事。 
 見た感じではそれほど古いもののようには見えないが、よほど手入れが良いのか、移築と云っても新築に近かったのかも知れない。
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 これが池に面したほうの茶室で、この庭園はここから見るのが一番美しいとの事。
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 そんな事で、この外人さん夫婦も、盛んにシャッターを押していた。
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 元々は、阿蘇山をはじめ、色んな山を借景として取り入れていたらしいが、周囲にビルが建ち始めて、かなり損なわれて来たようだ。
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 この白い花、カマズミの仲間で「ハクサンボク」と云うのだそうだ。 tnx > らばぴかさん
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 昔、果実酒に凝っていた頃、ガマズミ酒と云うのを作った事があって、ガマズミの実と云うのは赤い小さな実だったが、このハクサンボクも同じような実が出来るらしい。
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 帰り道はホテルまで歩く事にした。 電車道に沿っていくので、市電が通る度に撮ってしまった。 このオレンジ色の車両は、わりと古い型のようだ。
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 左のツートンカラーの車両は二連に成っていて、多分最新式だろう。 
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 ホテルの近くで、橋を渡るが、これが白川。 昔は氾濫して水害を起こして事もあるらしい。 右側がホテル、熊本城、左側が水前寺公園になる。
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 ホテルには余裕の時間で戻り、またぶらぶら歩いてコンサート会場・崇城大学市民ホールに向かった。 コンサートの様子はこちら

 コンサート終了後は、前夜は一杯飲み食いしたので、軽く行こうと、前日スタッフさんに教えて貰ったラーメン屋に行った。
 十数人しか入らないカウンターだけの店で、常時行列が出来ている、ちょっとした人気店のようだったが、ラーメンも餃子も、中々うまかった。
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