笛のおっちゃんのブログ

落書き帳に近い面もありますが、半世紀以上にわたり一応我家のメシのタネになってきた様々な笛の話、下手っぴなデジカメ写真などなどをランダムにアップしています。

スーパーアコースティックアンコール「予感+」(18)@ティアラこうとう(千秋楽)

4月28日
 「予感+」も、このティアラこうとうで、いよいよ楽日を迎える事となった。

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 ツアー中にあの震災が起こったと云う意味でも、忘れがたいツアーに成るだろう。 この日も、オープニントークではさださんから、ステージに掛けてあるふたつの階段が撤去してない理由などから始まって、震災関連の話が続いた。

 曲目は前回と変わらず、片恋、案山子、交響楽、朝刊、雨やどり、殺風景、Birthday、北の国から、道、何もなかった、静夜思、前夜、人生の贈り物、主人公、飛梅、桜散る、道化師のソネット[enc]が歌われた。
 ちなみに初回のCCレモンホールでは、片恋、案山子、交響楽、朝刊、殺風景、雨やどり、春爛漫、北の国から、道、何もなかった、静夜思、前夜、人生の贈り物、主人公、桜散る、飛梅、黄昏迄[enc]、と云うところだったので、基本的にはそれほど変わってはいない。
 アンコール曲は途中、たしか堺市民会館から「道化師のソネット」に変わった。 「Birthday」はたしか熊本から入って、最後まで続いたと思う。 また、途中、突然「関白宣言」が入る事が何度かあったし、最初の頃は「春爛漫」が入って、倉田さんのアコーディオンの演奏も見られた。
 終始変わらず入っていたのは、片恋、案山子、交響楽、朝刊、雨やどり、殺風景、北の国から、道、何もなかった、静夜思、前夜、人生の贈り物、主人公、桜散る、飛梅、だったと思う。

 アンコール曲「道化師のソネット」の後、メンバー全員がステージの前に出て、あの「来てくださ~い」みたいに手を繋いでお客さんに挨拶。 緞帳が下りた後は、スタッフ、メンバー全員の三本締めで「予感+」を締めくくった。

 さださんはこのティアラこうとうでのコンサートは初めて、と云う事で、これは意外だった。 
 これはティアラこうとうの客席の様子。 音響が非常に良い、と云うのがメンバーの一致した感想だったが、木の感触を生かした、天井の高いホールだ。 
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 一階席の中程から斜めに見たところだが、両サイドにバルコニー風の席が有るのも特徴だろう。
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 ちょっと暗いが、サウンドチェック中のステージ。 多分、石川さんか倉田さんの登場待ちだったと思われる。
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 これは一階席最後列の、音響、照明の卓がセットされている横だが、気がついたら座席の背もたれが取り外せるように成っている。 こう云う風に成っていると、こうして卓をセットするのに非常に便利だ、と云う音響の和田さんの話だった。
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 開場には少し早かったが、ステージに行ってみると、既に緞帳が下りていた。 と思ったらまた上がり始めたりして、どうなっているのかと思ったら、ブタカンの桜井さん達が、ストップウオッチを片手に、緞帳の下りる時間を計っているところだった。
 アンコールの時などのタイミングを計っていたのだろう。 こちらはこれ幸いと客席に下りて、撮らせてもらった。
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 ところで、ブログのコメントで(哀しい仔犬さん)、亀戸天神の藤が綺麗だと教えてもらったので、いつもよりもさらに早く会場に入り、天神様に出かける事にした。
 会場の横を流れている「横十三間川」と云う風変わりな名前の川に沿って行けばいい。 思ったよりはちょっと遠い感じがしたが、普段歩いている距離にくらべれば、なんと云う事は無い、ちょうど良い運動に成った。
 これは途中で見えたスカイツリー。
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 「藤花祭」と云う文字も見えるが、かなりの人出で賑わっていた。
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 御鎮座三百五十年、と云う文字が見えるが、350年と云うと江戸時代初期くらいになるのだろうか。
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 こちらの池も太宰府に倣って心字池に成って云えるらしいが、水面に伸びた棚から垂れている藤は中々風情がある。
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 「三つの赤い橋」、ではないが、「男橋」「女橋」と呼ばれる二つの太鼓橋が架かっていた。 橋の写真を撮りそびれたが、人が多かったのと、せっくの太鼓橋がコンクリートの階段に成っていたので、ちょっと興をそがれた事もあった。 まあ、安全面を考慮しての事だろう。 この写真ではちょっと見難いが、鳥居の向こうに赤く見えているのがその太鼓橋だ。
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 亀戸天神と云うだけあって、池には一杯亀が居た。 WIKIの受け売りだが、合格祈願でお参りした人で、そのお礼として、ミドリガメとして売られているミシシッピアカミミガメを持ってきて放流するケースが多いらしい。 どうせならば在来種の子供を持ってきてほしいところだ。
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 ビルと青空をバックに藤の花。
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 少し寄ってみるとこんな感じ。 携帯やスマホから本格的な一眼レフに至るまで、カメラを構える人が結構多かった。
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 こうして見ると、フジがマメ科の植物である事が、よく分かる。
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 立て札にある通り、これは五歳の菅公の像。 台座には「美しや 紅の色なる梅の花 あこが顔にも つけたくぞある」と云う唄が刻まれている。 五歳と云っても数え年だと4歳、その年齢で詠んだと云うのもすごい。
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 ともかくこれで「予感+」も終わって一段落。 嬉しい事に5月のマサシングワールド、そしてその先のツアーもやらせてもらえる事に成ったので、しばし充電して、また頑張らねばと思っている。 ワールドは初めてなので、興味津々、若干どきどき。

カメラは IXY DIGITAL 10、Sony NEX-5 を使用

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  1. 2011/04/28(木) 23:59:59|
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スーパーアコースティックアンコール「予感+」(17)@文京シビックホール

4月24日
 文京公会堂には東京交響楽団に居たころには何度かコンサートや録音で行ったことが有ったが、その跡地に文京区役所なども含む文京シビックセンターと云う巨大な施設が建てられ、今日の会場文京シビックホールは、その1階、2階(もっと上も?)に有る。

 これが文京シビックセンターのビル。 上がったことは無いが、最上階のほうには展望室が有って、アマチュア無線を運用するには最高のコンディションなので、ハンディ機を持った仲間が、何度かここから運用している。
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 背中合わせに講道館のビルが有り、すぐ近くに東京ドーム、小石川後楽園などもある。
 向こうの方には東京ドームシティの観覧車やジェットコースターの類が見えている。
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 右書きに成っているが、講道館。 下の文字はちょっと見えにくいが、当然ながら、講道館柔道の創始者、嘉納治五郎さんの像だ。
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 2階席の最上部に上がってみた。 ステージはかなり小さく見えるが、右側に有る黒い物体は多分PAだろうから、音はこの席でもばっちりのはずだ。
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 これはシビックホールの客席のようす。 ↑ 上の写真はこの2階最上部の上手側から撮ったもの。
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 この日は緞帳も余裕で撮れた。 ちょっと抽象的な図柄だ。
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 二階部分のロビーに、何故かピアノが置かれていた。 まさかここで生演奏をやるわけでもないだろうにと近寄ってみると、これは旧文京公会堂に置かれていたスタンウエイだそうだ。
 中のフレームに、これを演奏した巨匠達のサインが有ると言うので、のぞき込んでみた。
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 左から2番目は、ウィルヘルム・ケンプ、右は神谷郁代さんだ。 ちなみに東京交響楽団に入団して最初の仕事が、ケンプとのコンチェルトだった。
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 左は、これは読みやすいが、ハンス・カン、右側は判読不明だが、下はロシア語っぽいから、説明書きと照らし合わせるとバーベル・セレブリャコフかも知れない。
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 右上の赤い文字は、ヤン・パネンカ、チェコスロバキヤ(当時)のピアニストで、これは生で聴いたことが有る。 下はマックス・エッガー、右下は多分ニキータ・フリエールか?
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 これは巨匠、ルドルフ・ゼルキンだ。
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 ホールのキャパは1802席と云うことで、旧文京公会堂の2008席より少ないのは意外だが、多分スペースに余裕を取った結果ではないかと思われる。
 PAの無い状態で音を出しても、反響板が無いにもかかわらず、自分の音が大変聞きやすく、「響きの森文京公会堂」~文京シビックホール、と云ううたい文句の通り、音響の良いホールのようである。
 PAを使うコンサートでは、PAに依存する部分も大きいが、文京シビックに来られたお客さんは、大変良い環境でさださんの歌を楽しむ事が出来たのではないだろうか。

カメラは IXY DIGITAL 10、Sony NEX-5 を使用

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  1. 2011/04/24(日) 23:59:59|
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スーパーアコースティックアンコール「予感+」(16)@板橋区立文化会館

4月23日
 板橋区立文化会館、どうも記憶に無いように思っていたが、建物の前まで来たら思い出した。 なにやらタイトルは忘れてしまったが、誰かに頼まれたイベントでちらっと顔を出すような仕事で一度だけだが来た事が有った。
 それよりも、ナビに打ち込んでも出てこないので焦った。 もらっていたスケジュールには「板橋区文化センター」とあったので、その通り打ち込むと「板橋区」の先に行けない。試しに「板橋文化センター」だと某学会の施設が出てきてこれは違うだろうと、電話で問い合わせたら「板橋区立」と「立」が入らないと駄目、と云う事が分かった。
 とにかく、晴れ間が見えたかと思うと突如スコールのような雨になったり、と云う不安定な天気の中を、文化開館にたどりついた。
 そんな訳で、雨は降るし風も結構強いし、会場前の道路は結構交通量も多いので、外からの写真は諦めて、会場内部だけにした。

 これはステージ脇からホールのサイドに出てきたところで、お客さんの休憩スペースと云うところか。 通路のスペースもゆったりしているし、椅子、テーブルの数も結構有る。
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 準備中のばるーんさんのコーナー。 さだファンの皆さんは、すでに召し上がった方も多いと思われるが、長崎五島の手延べうどん。 真ん中はうどんだけ、左のさださんの字が入っているほうはたれなども入ったセット。
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 二階に上がる階段の踊り場の壁にこんなものが。 こう云うのをなんと云うのか思い出せないが、石を貼り合わせたような壁画? 実際はこの写真の感じよりもずっと高い。
 立派なシャンデリアだが、この時期は、ちょっと怖い感じがしないでもない。
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 照明のテスト中、と云うところだろうか。
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 ↑ の写真とほぼ同じ時刻だが、照明が変化するとこんなに変わった感じになる。
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 一階席最後部に設けられている音響と照明の卓。 手前は和田さん、向こう側は照明の森本さん。 実際にはもっとずっと暗かったので、ぶれてしまっている。
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 サウンドチェック中の平石さん。 たしかエレキベースを弾かれる曲が少ないので、エレキの写真は初めてだったかも。
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 これは会場の様子。 キャパは1263人だそうだ。 PAの入っていない状態で音を出してみると、かなりよく響くホールのようだった。 これで反響版をセットすれば、クラシックのコンサートでもいい感じで行けそうに思った。
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 実はこの日は緞帳を撮りそびれていたのだが、Sさんが撮られたものをみなこか~さん経由で提供してもらったのがこれだ。 この感じだとコンサートが終了した後だと思われる。 Sさん、みなこか~さん、有り難う!
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 リハの前だが、スタッフさん達がステージ中央付近でなにやら話し合っていた。 その真ん中にあるプロンプターを見ると、なにやら見慣れない赤い文字が。 震源地、マグニチュード、震度、などがプロンプターに表示されるような仕掛けを作ってしまったようだ(垣田さん、すごい)。
 よく見るとそれは地震警報だった。 要するに、もしコンサート中に警報が有ったら、そのプロンプターでさださんに知らせて、さださんがお客さんやミュージシャンを誘導する、と云う手順を話し合っていたのだった。
 考えてみると、3月11日の震災以来、ずっと西方面のコンサートだったので、これが初めての東京、と云うか関東でのコンサートになるわけだ。
 ホールで一番危険なのは、頭上に照明器具が一杯ぶら下がっているステージなので、警報が出たら、ミュージシャンは、即、客席に降りる、お客さんはなるべく姿勢を低くして椅子の間に潜り込む、などというアナウンスが、演奏前にさださんからあった。 そのために、いつもは取り外されているステージと客席を上がり下りする階段が、今回はそのままに成っていた。
 幸いにしてコンサート中は何事もなくて終わったから良かったようなものの、いつ何時グラグラ来てもおかしくない状況というのは怖い。 もしミューザ川崎の天井崩落がなにかの公演中だったら大惨事に成った事は間違いないわけだから。

 ところで楽屋の廊下にはこんな表示が。
 ホールによって、喫煙組、禁煙組と部屋が分かれていたり、喫煙用の部屋が一つ別に有ったり、あるいは館内は禁煙で、煙草は外で、と云うところもあったが、こう云うのは初めてだ。 たしかに楽屋口を出たところに、そのハイエースが駐車していた。
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  1. 2011/04/23(土) 23:59:59|
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スーパーアコースティックアンコール「予感+」(15@津山文化センター

4月20日
 小倉から岡山までは新幹線、岡山からは車で津山に向かった。
 文化センターは津山城址に隣接した場所にある、と云うよりは、今では城の外側に成っているが、元々は城内になるはずだ。
 驚いたのは満開の枝垂桜だった。
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 途中でも、結構標高の高い場所を通っていたので、山の中に桜が咲いているのを見かけたが、この会場周辺に沢山植えられている枝垂桜は見事だった。
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 構内に立っていたブロンズ像、少年が持っているのは鶏?
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 現在文化センターの有る場所は、 敷地内に有るモニュメントによると、明治維新後は津山藩庁(!)、後には津山県庁、明治9年に岡山県に統合された後は、小学校、高等小学校、国民学校、など、教育の場に成っていたのだそうだ。 津山県と云うのが有ったとは知らなかった。
 昭和41年に現在の施設が建てられたらしいので、この手のホールとしてはちょっと古い部類に入るのかも知れない。 たしかに楽屋やステージも、ちょっと手狭な感じがしないでもないが、この素晴らしい環境はそれを補ってあまりあると云えるだろう。
 
 リハの後、少し時間が有ったので、お城を見ようと思って楽屋口の近くにある裏口から入ろうと思ったら、そこは出口専用との事。 表口の方に向かって歩いていたら、男性にお声掛けを頂いた。 ブログにもコメントを下さってる「中田@山陰さだ研」さんで、思いがけなくお会いできてよかった。 
 サクラの時期は過ぎてしまった、など話していたら、ちょうど満開時に撮られた写真を数枚頂いてしまった。 素敵な写真を有り難うございました! 
 さだ研さん、最前列ちょっと上手寄りの席で、ノリまくってましたね。

 これは津山城。 露出オーバーで飛んでしまっているが、上のほうに見えるのは備中櫓。
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 城の上から見下ろした文化センター。 人影が見えるのは煙草を吸いに出ているスタッフさんか?
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 たしかに城内のサクラはほとんど終わっていたが、中には日当たりの関係か種類が違うのか、辛うじて残っている花も有った。
 この辺りの写真は余裕が有ったら後日アップ出来れば、と思っている。
 
 こちらはお馴染み、入り待ちの皆さん。 結構遠くから来た方も居られたようだ。
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 ステージだが、何故これを載せたかと云うと、いつも有る雛壇が無い事が分かるだろうか。 別に支障があるわけではないが、いつもと違うアングルで見えるので、面白かった。
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 こちらは客席。 よく確認しなかったが、椅子にはカバーが掛けられているようだ。
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 照明室。 目立たないようにカバーが付いている。
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 このツアーは大体は板付きで始まる事に成っていたが、この日は緞帳を使っていなかったので、緞帳の写真もパス。

 さださんが津山に来るのは、なんと19年ぶりになるのだそうだ。 久しぶりにさださんを迎えた津山のお客さんは、打てば響くような反応の仕方で、さださんの歌やトークに応えていた。
 そんな事もあってか、この日の曲目にはいつもよりも広く親しまれた有名曲が加えられていた。 19年ぶりに来た津山のお客さんに対するサービスの気持ちだろう。

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  1. 2011/04/20(水) 23:59:59|
  2. ツアー、演奏旅行
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津山城

4月20日
 予感+、今回のツアーは九州シリーズから下関まで、サクラの時期にはちょっと遅すぎて、いずれも終わってしまったか、辛うじて残っている花もあるかな、と云う感じだった。 津山は標高が高そうだからどうかな、と云う期待は有って、岡山から津山に至る車移動の途中では、山の中で咲いている桜は結構見かける事が出来たが、種類はいわゆるソメイヨシノではなさそうだった。
 津山でも、やはりもう終わってしまっていたが、コンサート会場である津山文化センターの構内や周辺に植えられた枝垂れ桜はまさに満開で、見事なものだった。
 これは会場に上っていく道路沿いの枝垂れ桜。 右に見えているのが津山城の石垣だ。
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 八分咲きくらいを満開と云うそうだが、まさにそう云う状態ではなかろうか。
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 右の石垣の上が文化センター、この左は道路になるが、その中間の地帯に延々と植えられている。
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 これは会場を出たところだが、道路の向こうはたしか堀に成っていたはず。
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 例によって花のアップ。
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 まだこんな蕾も結構残っていた。
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 方角などはよく分からないが、会場から枝垂れ桜越しにのぞむ津山市内、と云うところか。
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 会場から少し下ったあたりから眺める津山城。
 石垣だけでも立派なものだが、昔はこの上に大小様々の櫓や天守が聳え立っていたのだから、大変な偉容を誇っていただろうと思われる。
 下に見えている池みたいなのは、堀で、薬研堀だったか、厩堀(うまやぼり?)だったかのどちらかだ。
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 ホールの楽屋口のすぐ横が城の裏口に成っている。 裏口は回転式の機械があるだけの無人で、出る人しか通れない仕掛けに成っている。
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 先ほどちらっと見えていた堀のところを通って、右方向に行く。 表の入り口まで、ちょっとした距離を歩く事になる。 コンサートの記事に書いたが、「中田@山陰さだ研」さんにお会いしたのはこの時だ。
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 森忠政公、と云う文字が見えるだろうか。 初めて聞く名前だと思ったが、津山城を建てたこの人物、信長の小姓で、本能寺で討ち死にした、あの森蘭丸の弟に当たるのだそうだ。
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 他所の城に比べて、この階段、通路はかなり広いと思われる。 撮ったときには気がつかなかったが、上に見えているのは藤棚で、その左側に備中櫓が有るはずだ。
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 それぞれの区画の上には櫓や門など、建っていたのだろうが、こうして石垣を見てイメージを膨らませるのも悪くはない。
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 城の上から見たコンサート会場・津山文化センター。
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 やはり八重桜は時期が遅いので、ちょうど見頃と云うところか。
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 その八重桜のアップ。
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 2004年に再建された備中櫓。 何故「備中櫓」なのか、と云う疑問は当然生じるが、森忠政の娘が嫁いでいた池田長幸が備中の守だったことから付けられた名前らしい。
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 その備中櫓のすぐ横に有る藤棚、随分立派なものだが、この時は全く咲いていなかった。
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 入り口で買った入場券で入れるとの事で、備中櫓に上がってみた。 これは櫓から見た風景、かなり急な石垣であることが分かる。
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 櫓から見た藤棚。 花が咲けば見事なのだろう。
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 これは櫓の内部。 備中櫓は普通の櫓に比べると、かなり居住性が高かったようで、全室畳敷きに成っている。
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 「立ち入らないでください」と有るが、これはどう見ても厠のようだ。
当然ながら水洗式に成っているわけは無かったわけだから、こうして居室のすぐ横に有ると云うのは意外な気がする。
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 備中櫓からの風景。
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 櫓から見た本丸庭園。 サクラの時期だったら見事な風景だったのだろう。
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 同じく本丸庭園。 元々は広大な本丸御殿が有ったらしい。 
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 何故か釣り鐘が見えているが、ここは太鼓櫓跡、毎日十二刻を知らせる太鼓が打ち鳴らされていたらしい。 つまり二時間毎に、と云うことだろう。
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 道明寺櫓跡、多分自生しているのだと思われるが、菜の花は満開状態。 大阪の道明寺で作られた「道明寺干飯」なるものを保管していたのだとか。
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 津山城は一方に川(宮川)、後の三方にはしっかり堀が有ったようで、堅固な守りを固めていたらしい。 これもその一部か。
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 大体何処の城でもそうだが、概して石段は急な物が多く、上り下りともにあまり歩きやすくはない。
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 種類が違うのだろうか、こうしてまだ咲いている樹も有った。
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 帰りは裏口から出ればちょうど良いと思っていたのだが、なんと5時で閉まってしまうとの事。 仕方なくもと来た道を戻る羽目に成ってしまった。 もちろん開演時間の6時には楽勝で間に合ったが。

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  1. 2011/04/20(水) 23:59:58|
  2. お城めぐり
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スーパーアコースティックアンコール「予感+」(14)@下関市民会館

4月19日
 下関市には多分来たことは有ると思うが、これも大フィルだったか東響だったか、いずれにしてもオケ時代の事で約40年前の事だから、記憶は極めて希薄だ。 会場も多分違っているだろう。
 前日は移動日で、鹿児島から小倉に来ていた。 この日は小倉から下関に向かうわけだが、予定では結構リハの時間ぎりぎりになるので、先に行くことにした。 ちょっとレトロな感じの在来線だが、ほぼ20分くらいで下関に着いた。
 小倉を出る時は風は強かったが一応晴れていたのが、下関は雨だった。 実はブログでコメントをくれているチャッピー君お奨めの「桜山神社」と云うところに行きたかったのだが、この雨ではちょっと無理かななどと思いつつ、会場付近の写真くらいは撮っておこうと、市民会館の周りをうろうろしていたら、ちょうど通りかかったタクシーがあったので、それに乗って神社に向かった。
 桜山神社はこじんまりとした趣の神社だったが、中々由緒正しいところのようだった。 尊皇攘夷の戦いで戦死した志士達を、有名、無名を問わず、平等に祀ってあるのだそうだ。
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 型どおりお参りして、少し写真も撮ったりした後、ホールに戻ろうと思ったが、雨は止む気配も無かったので、どうしたものかと思いつつ石段を降りたら、なんとタクシーが数台待っていた。 どう考えてもあまり人が来そうな感じではないのだが、参拝客目当てに待っていたのだろう。 これ幸いと先頭の車に乗って、ホールに戻った。
 その途上、運転手さんに「寿美礼」と云う旅館を知っているかと尋ねたら、ちょうど近くを通ると云うので少し回り道になるが寄ってもらった。
 これは、なんとあの作曲家和田薫さんの弟さんが経営される、下関で老舗の旅館なのだ。 時間も無かったので、前で写真を撮っただけで失礼してしまった。
 下関市民会館は、色んな意味でユニークなホールだと思った。
 まず、入り口は3ヶ所(多分)有るのだが、いずれもあまり目立たない感じで、どれがメインの玄関なのか、よく分からない。 多分此処だろう、と云うのがこれで、この写真では読み取り難いが、右下に「下関市民会館」の文字がある。
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 入り口の横にこんなスペースが有って、ブロンズ像が3体置かれている。 此処以外にも、各所にこう云う像が配置されている。
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 駅の二階部分から、ずっと雨に濡れずに会館まで来れるように、通路が繋がっているので、お客さんには便利だろう。
 ホールの内部は結構広い。
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 このところ笛を吹く天女によく出会うような気がするが、こちらはブロンズの天女で、説明によると100歳の方の作品らしい。
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 馬に乗ってこの体勢で笛が吹ければすごいと思うが、それはいいとして、ちょっと幼っぽい感じの可愛い天女だ。 長さのわりにはちょっと太い感じがするが、中々云い雰囲気の作品と見受けた。 強いて云えば、今回はやっていないが、「予感」の時に修二会で使っていた笛(十本調子)に近いサイズだろうか。

 こんな屏風風の物が展示されていて、どうやら壇ノ浦の合戦の図に、女性は歌舞伎の女形の感じがしないでもないが、恐らくは静御前のイメージなのだろう。 右側は武蔵と小次郎か?
 しかし、壇ノ浦の戦いの上に関門橋らしい橋が架かっているのは面白い。
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 遠目には分からないが、近寄ってみるとなんだか点描風に成っている。
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 さらに近寄ると、これが目の部分。
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 説明を見ると、なんとこれは爪楊枝の細工だそうで、県立下関工業高校の生徒達による、同校創立100周年の記念作品との事。
 522000本の爪楊枝を使ったこの作品は新聞やテレビに何度も取り上げられたのだそうだ。

 これはディスプレイで、下の行の1500円の部分は、別のイベントだと思われる。
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 水前寺清子さんや地元のオケ、吹奏楽団などのポスターに混じって、予感+のポスター。
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 そんな事でロビーをうろうろしていたら、近づいてきた若者が居て、これがブログにコメントをくれていたチャッピーくんだった。
 普通だったら外をぶらついているので会えるかなと思っていたのだが、生憎の雨に加えて風は吹くし結構寒かったので、室内に居たのだが、見つけてくれてよかった。 あまり時間は無かったが、会館内の喫茶でコーヒーを飲みながら少し話も出来た。 彼は、知る人ぞ知るこういちままさんの各地に居る「息子」さんのひとりだけあって、今時の高校生とも思えない、しっかりした話方をするので感心してしまった。

 これはちょっと分からないと思うが、ロビーからホールに入る間のスペースで、何故か異常に広い。 右がロビー、左のドアを開けるとホールだ。
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 ちょっとひどいピンぼけ写真だが、ちょっと早めに入ったらステージがこんな具合に成っていた。 メンバーそれぞれの席にバイトさんが座っていて、照明の具合を見ているようだ。
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 まもなく始まるマイクチェック、リハーサルを待つステージ。
110419-下関-13

 下関では客席の写真を撮っていなかったと思ったら、スマホで撮ったのがあるのを忘れていた。
 そんな事で、これは後日追加。
110419-下関-19

 緞帳もしっかり撮れた。 こちらも関門海峡に関門橋のイメージだろう。
110419-下関-15

 愛用のアイパッドをお友達に見せながらお友達と談笑中のさださん。 右端はこの予感+のツアーからスタイリストを務めている秀英さん。
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 うしろからのぞき込んだらこんな感じに成っていた。 古典的なゲームの発展系、と云うところか。
 楽屋はいつも、こんな感じで開演直前までくつろいだ雰囲気が広がっている。
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 さださんが下関に来るのは15年ぶりになるのだそうで、コンサートは生憎の天候にも関わらず満員の盛況で、大いに盛り上がった。

 終演後は車で小倉に戻ったが、途中で見えたお月様が、満月だか十六夜だか分からなかったが、ちょうど上がり始めたところで、チョー綺麗だった。
 小倉では当然ながら食事に出かけた。 この日のメンバーは石川さん、宅間さん、倉田さんにわたしの4人で、あまりなじみの店が無いと云う事で、表に出ているメニューと酒の銘柄を見て、石川さんがこれなら行けるだろう、と云う事で入った店だが、これが中々どうして美味かった。 石川さんの飲んべえ的嗅覚はさすがである。

カメラは IXY DIGITAL 10、Sony NEX-5 を使用

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  1. 2011/04/19(火) 23:59:59|
  2. コンサート、ライブ
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小倉城など

4月18日
 今回のツアーはちょっと面白いスケジュールに成っていて、都城の後は車で鹿児島に移動して鹿児島で宿泊、小倉に2泊するが、小倉での公演は無い、など。
 で、開通したばかりの九州新幹線で朝鹿児島を出ると、昼頃には小倉に着く。 午後以降はフリーに成るので、散策に出かける。
 まずは小倉駅。 大昔に小倉のステーションホテルに泊まった事が有って、当然ながら駅の上にあるホテルだったのだが、現在の小倉駅、と云うか駅ビルと云ったほうがいいのだろうが、当時の建物とは全く別物だろう。 もちろんその頃は北九州市とかではなくて、小倉市だった。
 駅にもぐり込むようにして、モノレールが入っているが、当時モノレールなんてもちろん無かったし、たしか路面電車が走っていたような記憶が有る。 ちょっと分かり難いが、モノレールの車両が止まっているのが見えるだろうか。
110418-小倉-01


110418-小倉-02 まずは腹ごしらえと、ホテルで教えて貰ったラーメン屋の一つに入った。 ラーメンは意外とかなり薄味のあっさりしたものだった。
 たしか小倉城と云うのが有ったと思って、マスターに聞いたらすぐ近くだとの事。
 教えられた方角に歩くが、中々それらしきものが見えてこない。 後で分かったが、周りに高いビルが建ってしまって、元はこのあたりで一番高かったお城も、ビル群に埋もれてしまったためだ。

 途中に有った面白い格好のビル、NHKのロゴが見えるので、多分小倉放送局なのだろう。
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 これは元小倉県庁の一部だった、とか云う建物。 と云う事は小倉県と云うのが有ったのだろう。 維新以来色々あって、後には医院として使われていたとか(現在も?)。
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 紫川、そこそこの水量は有る。 手前の橋は「常盤橋」、木造で歩行者専用の橋だ。 向こうに見えているのは新幹線の陸橋。
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 小倉城の堀、ここでは水堀に成っているが、空堀に成っているところもあるらしい。
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 ちょっと分かり難いが、石垣の角の部分は熊本城で学習した「算木積み」を使っているようだ。
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 熊本ではすっかり終わっていたサクラが、ここではまだ少し残っていた。 気候の関係か種類が違うのか。
110418-小倉-08

 このちょっと中国風な建物はなんと燈台のレプリカだそうだ。 岩松助左右衛門と云う人が、関門海峡の難所・白州に私財を投じて燈台を作ろうとしたが、志半ばで没した。 事業は明治政府に引き継がれて完成したらしい。
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 城跡には軍関係の施設が置かれる事が多いようだが、ここもその例に漏れず、第十二師団の司令部が有ったらしい。 この門はその跡。
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 花の終わったサクラの木の枝にとまる小倉城のスズメ。
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 これが天守閣。 中には入らなかったが、様々な資料などが展示してあるそうだ。 この天守閣などは、水前寺公園でお馴染みに(?)なった、細川忠興が建てたものだとか。
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 こんなものも展示されていた。 左側に有るのは砲弾だ。
110418-小倉-13

 糠蔵、とあるので、これも再建された城の一部かと思ったらそうでもないようで、この日は閉まっていたが、漬け物ショップのようだ。 でも、、ここの殿様jはぬか漬けが事のほか好きで、家来や領内の住民にも勧めていたとの事だ。 枝垂れ桜は満開だった。
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 この木の株のようなのは近くの響灘から引き上げられた珪化木、4000万年前の木の化石だそうだ。
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 別アングルからの天守閣。
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 こちらは鯱、ちょっとかたちが変わっているような気がする。
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 大手門跡。 こうして残された石垣のみの風景のほうが、如何にも城らしい感じがして良いのかも。
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 城を出ると、道路を挟んで市議会庁舎や市役所などが有る。
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 先ほども渡った紫川に出る。
 左端に見えるのはリバーウオークと云われるビル群、右ののっぽビルは高層マンション・小倉タワー。 橋は太陽の橋と云うらしい。
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 川沿いに上流に向かって歩く事にする。 紫川沿いの遊歩道に咲いていた黄色い小さい花。
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 気になったので接写も。 何という花だろう? help > らばぴかさん
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 川沿いに上流に行くと、橋の上にこんなものが。 この橋は中島橋、別名「風の橋」と云うらしい。 このモニュメントは風で動くように成っているようだ。
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 川沿いに高速道路が走っていて、その影になるためか、ここにもまだサクラの花が少しだが残っていた。
110418-小倉-25

 こんな胴吹きも咲いていた。 せっかくなので、接写も。
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 シャッターチャンスが難しいが、三羽のアオサギ。
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 帰り道は対岸を通った。 左から小倉城、北九州市役所、リバーウオークのビル群。
 川に突き出しているのはステージで、野外ライブのような事が出来るのだろうか、市役所の手前、斜面に成っているのは階段で、これが客席になるのだろう。
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 夜は石川鷹彦さんから、馴染みの店が有るから行かないか、と誘われて、ぶらぶら出かけた。 これはその二軒目の店で、右は店のマスター。 自分でもギターを弾くようで、石川さんにはかなり傾倒しているようすだった。
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 日本酒と料理にうるさい石川さんのお馴染み、と云う事で、いずれの店も、お酒も料理も激美味だった。

 小倉と云えば祇園太鼓、駅前にもこんなブロンズが有る。 祇園太鼓と云うと無法松の一生など、ちょっと無頼なイメージがあるが、このブロンズはなんとなく可愛らしい趣が有る。
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  1. 2011/04/18(月) 23:59:59|
  2. お城めぐり
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スーパーアコースティックアンコール「予感+」(13)@都城市総合文化会館

4月17日
 熊本のホテルから都城市総合文化会館までは車の移動だ。 予定では二時間半と成っていたが、そんなには掛からなかった。
 途中で休憩したSAの案内図に、この方向に新燃岳と云うイラストが有ったが、天気が全体的にもやった感じなので、山も煙も確認する事は出来なかった。 この山と山の間くらいが新燃岳に成るらしい。
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 しかし、ちょっとした吹き溜まりようなところには灰が溜まっていたり、ホールの楽屋口の手すりにも、うっすらとだが灰が積もっていた。
 さださんはコンサートに先だって都城市長を訪問して、集まった義捐金を届けてこられたそうだ。
 この日のトークでも、前半部分では、やはり災害に関する話がかなりの部分を占めていた。
 この会場には一昨年のアコースティックコンサートで来ている。
 これが都城市総合文化会館、特徴のあるデザインである。 7350円と云うチケットのインフォーメーションは、ディスプレイだったと思う。
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 会場の横にこんな記念碑が立っていた。 中学校と云っても、もちろん旧制中学だろう。
 七五調の校歌の歌詞も、時代を感じさせる。
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 お馴染み、予感+のポスター
110417-都城-10

 前に来たときも感じたが、木の味わいを生かしたいやされる感じのホールだ。 当時のブログを見返してみると、ホールの写真などは載せていなかったが、此処の会場はバルコニー風の席が有ったりして、中々洒落ている。
110417-都城-01

 こちらでも、傾斜の少ない一階席の前の部分は、こんな風に互い違いに成っている。
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 一、二階とも、左右には斜め前に向いたこんな席がある。 特に二階のほうは、かなりステージを身近に感じられるだろう。
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 こちらは一階席、ちょっと芝居小屋を思わせるものがあるか。
110417-都城-07

 サウンドチェック中の宅間さん、動きが速いのでマレットがぶれている。 見守るのはツアー最年少のスタッフ、最近は全国的に知られるように成ってきた垣見さん。
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 宅間さん、グロッケンバージョン。 右端に吊されているのは、例のあの曲で使われる。
110417-都城-03

 同じくサウンドチェックでアコースティックベースを弾く平石さん。
110417-都城-05

 で、恒例の緞帳だが、こちらは普通のカーテンみたいなのだったので、パス。

 楽屋で倉田さんと話しておられるのは、「まさしさ~ん、8年は余命とは云わんとですよ~」の、柴田紘一郎先生、と云うよりも、「風に立つライオン」のモデルに成ったお医者さんだ。
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 前回来た時は終演後は宮崎市に戻ったような記憶があるが、今回は何故か鹿児島まで車で移動して、鹿児島のホテルに泊まった。

カメラは IXY DIGITAL 10、Sony NEX-5 を使用

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  1. 2011/04/17(日) 23:59:59|
  2. ツアー、演奏旅行
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お城の次は水前寺公園

4月16日
 日にちはかなり前後するが、熊本の二日目、つまりコンサート当日。 リハ開始の3時までの時間を無駄にしたくはない。
 前日は熊本城に行ったので、これはやはり水前寺公園だろう、と云う事で、ホテルのすぐ近くにある通町筋と云う電停で市電に乗った。 京都育ちの人間としては、路面電車イコール市電と云う先入観が有るが、そうでない市も結構多い中、熊本はれっきとした市電である。 ちなみに「通町筋」は「とおりちょうすじ」と読むらしい。
 往復歩いても大丈夫な距離だとは思ったが、多少は時間も節約したいし、市電にも乗ってみたいと云う事もあった。 水前寺駅通と云う、ちょっと紛らわしい駅が有るがそこではなくて、その二つ先の水前寺公園と云う電停で下りる。
 電車を降りて見当を付けておいた方角に歩くが、自信が無くなったので通りがかったお爺さんに聞いたら、その先だ、との事、公園はすぐに分かった。
 
 市電の駅も水前寺公園に成っているが、実はこれは通称で、正式には水前寺成趣園(じょうじゅえん)と云うらしい。 細川藩初代忠利公が鷹狩の立ち寄ったこの地を気に入って、御茶屋としたのが始まりだそうだ。
 その御茶屋は明治10年西南戦争で焼失し、泉水・築山なども荒廃したが、明治11年に細川藩主を祀る出水神社が園内に創建され、庭園は出水神社の境内と云う風になったようだ。
110416-水前寺公園-01

 庭園の広さは約10000平米との事だが、かなり広く見える。 真ん中に「湧水池」が有って、そjの周りを歩くように成っている。 阿蘇の伏流水が沸いているらしい。 池には大小様々の島も配されている。
110416-水前寺公園-02

 順路と云う表示に従って行くと、池を時計回りに歩く事になる。 この二つの石の橋を渡ると、鳥居が見えているが、出水神社が有る。
110416-水前寺公園-03

 これがメイン(?)の島で、他にも小さな島が沢山有る。
110416-水前寺公園-04

 三枚ばかりの写真を貼り合わせたパノラマ。 パソコンだと横スクロールしないとはみ出てしまうかも知れない。 携帯だとかなり細長い写真になるのだろうか。
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 池にいたこの白い鷺、町田でよく見かけるコサギではないようで、ダイサギとかではないかと思うのだが、定かではない。
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 マガモ(多分)も沢山居たが、中々良いアングルに動いてくれない。
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 ↑ 上のカモの右上に写り込んでいた緋鯉(と云ってもほとんど白だが)、「餌くれよ~」と云う表情か?
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 先ほどと同じカモ、羽繕い中?
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 ハト君のドアップ。
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 ムクドリ、あまり怖がらないようなので、結構近寄る事が出来た。 トリミングしただけで、拡大も縮小もしていない。
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 先ほどのマガモより一回り小さい。 コガモかなと思ったがこれも定かではない。
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 これが園内にある出水神社、と云うよりはこの神社の境内が水前寺公園と云う事らしい。 一応些少ながらお賽銭を投じて略式ながらお参りした。
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 五葉の松、細川忠利公ご愛用だった盆栽だそうだ。
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 この「光複」の文字は細川家十七代細川護貞公の筆、とあるが、早い話があの元総理・細川護煕さんのお父さんと云う事になる。
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 昭和天皇お手植えの松。 昭和六年行幸の砌(みぎり)とあるから、まだまだお若い頃だったのだろう。
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 出水神社の近くに、お稲荷さんも有った。 天保六年・御鎮座、との事。
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 この右側の山は、阿蘇山を模したものかと思ったら、そうではなくて、実は富士山なのだそうだ。 そう云えば、この池を巡る順路は東海道五十三次を模したものなのだそうだ。
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 左側は清正の後を受けて熊本城に入った細川忠利公、右側はそのお爺さんに当たる、藤孝公の銅像。 このお二人の間、つまり忠利公のお父さん忠興さんの奥さんが、有名な細川ガラシア夫人と云う事になるらしい。
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 少し離れて「富士山」を臨む。 赤い幟が見えるのは、先ほどの出水神社だろう。
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 池を四分の三くらい回ったところに有った能楽堂。 ガラスかビニールのようなものが掛かっているが、能をやるときには、もちろん取り外すのだろう。 観客は芝生に座って見るのだろうか、それも中々風流かも。
110416-水前寺公園-21

 なにやら能楽の調べらしきものが聞こえてくるので、近寄ってみたら、そのガラス戸の中で扇を持って舞っている人がいた。
 能楽の方は、多分CDかなにかの音源だと思われるが、舞の練習中と云うところだろうか。
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 これは能楽堂の近くから池の対岸を見たパノラマ写真。
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 池をほぼ一周した辺りに、こんな感じの茅葺きの家屋が有る。 
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 特に有料と云うわけでもなさそうなので、入ってみる。
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 「古今伝授の間」と云う文字が見えるが、「古今」とはあの古今集の事らしい。 この建物、元々は京都御所の中に有ったのを、後陽成天皇の弟、桂宮智仁親王の茶室であったとの事。 そこで細川家初代の細川幽齋、つまり先ほどの銅像の右側の人物が、その親王に古今和歌集の奥義を伝授したのだそうだ。 その後、今の京都府長岡京市に移され、さらに明治に成って、この水前寺公園に移築されたとの事。 
 見た感じではそれほど古いもののようには見えないが、よほど手入れが良いのか、移築と云っても新築に近かったのかも知れない。
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 これが池に面したほうの茶室で、この庭園はここから見るのが一番美しいとの事。
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 そんな事で、この外人さん夫婦も、盛んにシャッターを押していた。
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 元々は、阿蘇山をはじめ、色んな山を借景として取り入れていたらしいが、周囲にビルが建ち始めて、かなり損なわれて来たようだ。
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 この白い花、カマズミの仲間で「ハクサンボク」と云うのだそうだ。 tnx > らばぴかさん
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 昔、果実酒に凝っていた頃、ガマズミ酒と云うのを作った事があって、ガマズミの実と云うのは赤い小さな実だったが、このハクサンボクも同じような実が出来るらしい。
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 帰り道はホテルまで歩く事にした。 電車道に沿っていくので、市電が通る度に撮ってしまった。 このオレンジ色の車両は、わりと古い型のようだ。
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 左のツートンカラーの車両は二連に成っていて、多分最新式だろう。 
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 ホテルの近くで、橋を渡るが、これが白川。 昔は氾濫して水害を起こして事もあるらしい。 右側がホテル、熊本城、左側が水前寺公園になる。
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 ホテルには余裕の時間で戻り、またぶらぶら歩いてコンサート会場・崇城大学市民ホールに向かった。 コンサートの様子はこちら

 コンサート終了後は、前夜は一杯飲み食いしたので、軽く行こうと、前日スタッフさんに教えて貰ったラーメン屋に行った。
 十数人しか入らないカウンターだけの店で、常時行列が出来ている、ちょっとした人気店のようだったが、ラーメンも餃子も、中々うまかった。
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  1. 2011/04/16(土) 23:59:59|
  2. 各地の名園
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スーパーアコースティックアンコール「予感+」(12)@崇城大学市民会館 

4月16日
 熊本の会場は崇城大学市民会館、いわゆるネーミングライツで名前が変わっているケースだ。 熊本城に隣接したような場所に有る。
 外観はちょっと丸みを帯びていて、あまり市民会館っぽくない感じのデザインに成っている。
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 交差点に面していて、はす向かいにはいかめしい表情の加藤清正の銅像が立っているあたりは、さすが熊本と云う感じがする。
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 これは会館の裏側、お城の側から見たところ。 紅白の幕が見えるのは何かのお祭りか。
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 会場近くの交差点。 右側からバスが来ている方角に市民会館が有る。 熊本でも路面電車が活躍している。 そんなに混んでいないし、運転間隔も短く、たいして待つ事なく乗れる。
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 市役所などもすぐ近くに有るが、何故か県庁は少し離れた場所に有るようだ。
 市役所の前に見慣れないものが立っていた。 「熊本市地下水情報板」、なんの事かと思うが、熊本市の水道は全て地下水で賄われているのだそうで、そんな関係でこう云う情報も重要なのだろう。
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 こちらは会館内部、ロビーのばるーんさんのコーナーで、此処でもさださんのメッセージと募金箱が置かれていた。
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 すでに「予感+」に来られた方はご存じだと思うが、数々のさだグッズに混ざって、例のこれも並んでいた。
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 サウンドチェックで最後に登場する倉田さんか石川さん待ちのところだろうか。 ギターを持っているのは多分垣見さんか。
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 一階席の椅子は、すべてこんな感じで互い違いに成っていて、これだと前の人の頭に邪魔される事が少なくて、見やすい。
 どこでもこう云うふうに成っていれば良いと思うのだが、新しいところでもかならずしもこう成っていると云うわけでもない。
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 会場全体の様子。 わたしの譜面台の左よりに置かれているのは、その日の曲順をプリントアウトしたもので、変更が有るとすぐプリントしてくれる。 終演後にロビーに掲示されているのもこれと同じか?
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 この日はしっかり緞帳を撮る事が出来た。 天女の舞、と云う趣で、宇治の平等院で見たものとちょっと似ている感じもするが、結構生々しくて色っぽい天女のようだ。 真ん中の天女、笛の持ち方が逆になっている。 こういう逆吹きは、昔の絵を見ていると結構有る。 キーの無い笛だからどちらからでも吹けるわけだから、まあ、良いだろう。
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 先日の「生さだ」で葉書を読まれた小学生の男の子が最前列に来ていて、さださんは登場するや、まずその子に「葉書を書いてくれたのは君だね」と話しかけて握手するなど、その後も何度か話しかけたり話題に乗せたりしておられた。 そう云えば「最前列の*番の席です…」とか葉書にも書いてあったようだ。
 そんな事もあってか、この日のトークは長崎弁がかなり炸裂していた。 鹿児島は別としても、九州の言葉はかなり近いものがあるので、熊本のお客さんも更に親しみを覚えられたのではないだろうか。

 考えてみると、今のメンバーで揃って写真を撮った事が一度も無かったような気がする。 この記念撮影(?)は熊本の楽屋でケータリングの女性に撮ってもらったもので、右端のイケメン氏はミュージシャンにして地元でありながら、いくつものクラブのオーナーでもある貴也さん(上の名前が思い出せない)、左端はそのお母様。 実はこの前夜、石川さん、倉田さん、青弦さんとわたしで、貴也さんには大変お世話になった。
 それにしても、この写真のタイムスタンプを見ると、開演20分くらい前になるのだが、そろいも揃ってこの通りメンバー全員平服のままで、着替える気配も全く無いと云うのは、どういうことか?
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  1. 2011/04/16(土) 23:59:59|
  2. ツアー、演奏旅行
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まずは熊本城

4月15日
 前夜、佐賀でコンサートを終えて、その足で熊本に入っていたので、丸一日オフ日に成る。
 特に観光スポットも知らないし、なんせ40数年ぶりの熊本なので、取りあえずはお城かな、と思って、ホテルで方角を教えてもらって、ぶらぶら出かけた。
 市電の軌道に沿って北西の方角に行って、市電が大きく左に曲がるところをまっすぐ行って、坪井川の橋を渡ればもう熊本城だ。
 熊本城は大変な桜の名所のようで、1週間か10日も早く来ていれば、素晴らしい花見が出来ただろうと思うと、残念だが、逆に、もし花見の時期だったらとてもゆっくり見て回る事も出来なかったかも知れない。
 花の代わりに数え切れない巨木、大木の芽吹きと、スケールの大きい石垣に圧倒された。
 案内図で見ると、城の東側に有る「須戸口門」から入って、北に向かった事になる。

 先の方にサクラらしきものが見えるが、花はもうとっくに終わってしまっている。 それよりも新緑が素晴らしい。
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 石垣の積み方だが、階段の両側や、右端に見えている角の部分を見ると、長短の石が組み合わされているのが分かる。 これは算木(さんぎ)積みと云って、角の部分を強化するために長方形、と云うか直方体の石を交互に組み合わせる積み方で、比較的後期に開発されたやりかただそうだ。
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 ウイークデーの午前中で、人も少なかったので、のんびりと見て回れる。
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 これは多分最近に成って再建されたものだと思うが、元はこう云う櫓が50近くも存在したらしい。
 櫓の右側が突き出しているのが分かるが、これは後で出てくる「石落とし」だ。
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 これは北十八間櫓、もしくは東十八間櫓だ。 18間と云うのは長さの事だろう。 約32メーター?
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 建物は、昔から残っているものもいくつかあり、再建されたものもかなり有るのだが、こんな感じの木と石垣の風景のほうにより風情を感じる。
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 「六地蔵幢」と云う文字が読み取れるだろうか。 さださんのトークによく出てくる「六地蔵」だ。
 「幢」と云うのは灯籠のようなものと思っていいのだろうか、この六面のそれぞれにお地蔵様が彫られているとの事だが、ちょっと見たところでは確認出来なかった。
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 この八間櫓の前のサクラだけは、まだ辛うじて咲いていた。
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 こう云う櫓と云うのは、平時は武器庫として、戦時には兵の駐屯所にも使われていたらしい。
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 せっかくなので、その八間櫓前のサクラを接写。
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 これが天守閣。 左が大天守閣、右は後から建てられた小天守閣。
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 これは「不開門」、つまり開かず門だ。 と云っても現在は自由に出入り出来るように成っている。 此処は城の中では鬼門と呼ばれる丑虎の方角(東北)にあたり、普段は閉じられていて、死人や不浄物の搬出にのみ用いられたらしい。
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 これはなんと加藤清正お手植えの銀杏の木。 と云っても西南戦争の際に天守閣などと共に消失したが、脇から生えてきた、いわばひこばえが育ったのがこれだそうだ。 これでも既に百数十年経っているわけだ。
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 清正が、この銀杏が天守閣の高さに達した時に大きな異変が起こるだろう、と予言したのだそうだ。
 西南戦争の時期が、ちょうどそれに当たるのだとか。
 それにしても、その西南戦争の頃には天守閣に近い高さに成っていたのだから、想像を絶する大木に育っていたのだろう。
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 こちらはまだ咲いていた枝垂れ桜と大天守閣。
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 枝垂れ桜の向こうが小天守閣。 大天守閣とは内部で繋がっている。
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 大天守閣の土台の部分で、この石垣の積み方は、まだ前出の「算木積み」に成っていない。 こちらのほうは先に作られたからだ。
 こんな感じの武者姿の人物があちこちに居て、記念撮影などに応じてくれるようだ。
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 数百年を経ている石垣、新緑の木々、現代のビル群の対比が面白い。
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 暗門灯籠(くらやみもんとうろう)。 百匁蝋燭が点されていたらしい。 百匁は約400グラムか。
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 この鯱は昭和35年に再建された時に上げられたもので、破損が発見されたために平成8年に新しいものと交換されたらしい。
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 天守閣の入り口に至る階段。 
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 これを入って左に行くと大天守閣なのだが、案内の人が、せっかく来られたのですから、小天守閣の方にも是非上がってください、と勧めてくれる。
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 内部に展示されていた大天守閣、小天守閣のレプリカ。 これはNEXで撮ったが、結構暗かったので、フラッシュ無しにしてはよく撮れたと思う。
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 天守閣の鬼瓦。 両側の破片は多分西南戦争で焼失した分だろう。
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 小天守閣から見た宇土櫓。 櫓と云っても天守閣に匹敵するような規模を持っているようだ。
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 天守閣から撮った写真のパノラマバージョン。
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 こちらは大天守閣から宇土櫓(右側)を臨む。 塀の向こうは「二の丸広場」か。
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 ↑ 上の写真の少し左側を撮っている。 塀の手前に見える建物は西大手門とかだろうか。 左下に写り込んでいるのは天守閣の鬼瓦。
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 左側が前出の加藤清正手植えの銀杏だ。 銀杏の手前を右に進むと本丸御殿になる。
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 本丸御殿も西南戦争で焼失したが、これは平成20年に再建されたものだから、まだ出来たてのほやほや、と云う感じだ。
 新しく綺麗なので、あまり風情は感じられないが、逆に昔清正が建てた当初の姿ははこんな感じだったのだろうと思えば良いのかも知れない。
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 これは王昭君の間、もっとも格式の高い部屋らしい。 前漢の時代、和睦の証として女性を差し出す習慣が有って、これは王昭君と云う絶世の美女が、差し出されて匈奴の国に向かう道中を描いたものだろう。 馬上で琵琶を弾いているのが王昭君だが、この体勢で琵琶が弾けるのか、と云う素朴な疑問が・・・。
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 まさに豪華絢爛と云うのがぴったりの天井。
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 こちらは茶室。
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 これは「杉戸絵」。 杉戸と云うのは襖や障子のようなものらしいが、鉄砲や刀剣が簡単に貫通しないように、用いられていたらしい。
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 これも杉戸絵。 この鳥はなんだろうか?
 全然関係ない話だが「蛍の光」の歌詞を思い出した。 
 「何時しか年も すぎのとを」と云うのは「年も過ぎ」と「杉の戸」の掛詞だが、杉の扉と云うのは当時結構普通に使われていたのだろうか。
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 その杉戸絵を描くのに使われたと云う絵の具や筆などの道具類。 緑っぽいのがマラカイト(孔雀石)、その右の青いのはアズライト(藍鉱石)と云うらしい。 乳鉢や乳棒を見ると、絵の具と云うよりは薬品と云う感じがする。
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 中央の大木、櫓の番人さんに聞いたところだと、樹齢700年だかの朴木だそうで、当然ながら城よりもずっと古いわけだ。 左側は「飯田丸五階櫓」、土足禁止だが自由に入れるので、上がってみた。
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 忠実に再現されたものだろう、真新しい感じがする。
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 鉄砲狭間、つまり銃眼という事になるのだろう。
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 「石落とし」 敵が攻めてきたら、この隙間から岩石を落としてやっつける、と云うわけだ。
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 これが最上階、5階になるのだろう。 階段はいずれも大変な急勾配で、上り、下りとも要注意だった。
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 この大木も、おそらくは樹齢何百年とかだろう。 城内ではこのクラスの木が珍しくない。
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 この一角は椿園のようだが、まだこの状態で、数日前まではサクラが満開だったのだろう。
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 元々山だったところに築城したらしいが、その際に木を無闇に切らないで残したから、こう云う大木が多く見られるのだろう。
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 これは「備前堀」、熊本城では唯一の水堀だそうで、ここ以外はすべて空堀、つまり水は無いらしい。  堀の向こうに立っているのが、先ほど上がった「飯田丸五階櫓」だ。
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 この辺りは城の西側に成ると思うが、この辺りでも木が多く、新緑が目を楽しませてくれる。
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 ちなみにこの右側に見える石垣は、勾配もゆるやかで、算木積みではなくて、旧来の積み方に成っている。
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 この四角い一角にも櫓が有ったのだろう。 向こうに見えるのは「飯田丸五階櫓」、その右は前出の朴木だ。
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 サクラだけではなくて、梅園も有った。 これはまだ幼い感じの梅の実。
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 城の入場料を払う際に、200円だかを追加するとこちらも入れます、と云われた施設、名前は忘れてしまったが、どちらかと云えばお子様向けかな、と云う感じの施設だった。
 その中に展示してあった、大名行列のミニチュア。 コンサートでは話されたことは無いかも知れないが、さださんの話に出てくる小さい大名行列を思い出して撮ってみた。
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 お城ともなれば、天守閣はもちろんだが、かなりのアップダウンを歩いた事になるので、夕方ホテルにもどって少し居眠りしていたら宅間さんから電話が入った。
 「今、マサシやスタッフ、メンバー達と呑んでいるんだけど来ない?」との事。 眠っている間に何度も着信があったようだ。
 もちろん、へいへいと出かける。 今日は皆さんゴルフのはずだが、ゴルフ組と連絡がついたメンバー、と云う感じで、もうすでに盛り上がっていた。
 折角熊本に来たのだから、と頼んだのがこの馬刺し。 さすがに激美味だった。 一切れ食べてしまったてからカメラを取り出したのだが、実際には5切れ乗っていた。
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  1. 2011/04/15(金) 23:59:59|
  2. お城めぐり
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スーパーアコースティックアンコール「予感+」(11)@佐賀市文化会館

4月14日
 昼過ぎの飛行機で佐賀空港まで行って、あとは車の移動で、3時ころには佐賀市民会館に着いた。 便利に成ったものだ。 佐賀空港の存在を知らなかったが、メンバー一行の中にも初めての人が居たようだ。
 これが佐賀市文化会館。 これを撮った直後に旗は降ろされてしまった。
110414-佐賀市文化会館-06

 佐賀市と云うと、大都市と云うイメージはあまり無いのだが、会場が大きく立派なのには驚いた。
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 この階段を上がった2階部分がホールの入口に成っているようだ。
110414-佐賀-05

 ホールの前に立っていたブロンズ像。 笛の角度がえらく右上がりに成っていたり、恐らくはモデルが笛を吹く人ではなかったと思われ、指のポジションも不自然だが、雰囲気は中々いい感じだ。 どうでもいい事だが、この笛の長さからすると、我々が吹いているフルートとほぼ同じ音域だろう。
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 地元のイベントと並んで貼られていた、さださんのポスター。
110414-佐賀-10

 駐車場のスペースもかなり広く、これ以外にも道路を挟んだところにも大きい駐車場が有るようだ。 車でやってくるお客さんが多いのだろう。

 心なしかフリーフライトのトラックもゆったりと駐車しているような。
110414-佐賀市文化会館-03

 我々のサウンドチェックの前に、入念なマイクチェックを行っているところ。 
 実際にステージに乗っていると、どんな感じに成っているのか、わからない面もあるが、照明がこんな感じになるシーンもあるのだろうか。
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 2000人くらい入るのかと思ったが、それほどではなくて、車いす席も含めて1811席だそうだ。 それだけスペースに余裕をとっているのだろう。
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 開場が明るくなった時に見たら、2階の最後列がほんの少し空いていたが、ほぼ満席状態で、大いに盛り上がった。
 佐賀はベースの平石さんの出身地で、さださんが「平石は北高の出身です」と紹介されたら、会場は大拍手に包まれた。

 開演前はわりと時間が有ったのだが、さださんが我々の楽屋にこられて、話に花が咲いていたりしたら、ついうっかりして緞帳を撮るタイミングを逸してしまった。

 終演後は即バス移動で、熊本に向い、ホテルに着いたのは11時前。 それから石川さん、青弦さん、わたしで、倉田さんおなじみの店に行って、オコゼの煮つけやら鯖鮨を食べながら、マスターのウルトラ濃~い熊本弁で、遅くまで盛り上がった。
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  1. 2011/04/14(木) 23:59:59|
  2. ツアー、演奏旅行
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まだまだサクラ@ミッドタウン

4月12日
 仕事でソニーのスタジオに行った。 地下鉄の乃木坂駅のすぐ近く、乃木神社とは道路を挟んで斜向かいに成る。 歩いて2、3分のところにミッドタウンが有るので、少し早めに行って、ぶらついてみる事にした。
 これはミッドタウン入り口近くのサクラ。 満開と云う状態は過ぎているのかも知れないが、それほど散っているわけでもなく、見事に咲いている。
110412-ミッドタウン-01

 通路に沿って歩いていくと、なにやら黄色い花が目に入った。
110412-ミッドタウン-02

 菜の花でもないし、レンギョウやヤマブキにしては時期がちょっと違うかな、と近づいて見る。
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 なんと、これは花ではなくて葉っぱであった。 赤い新芽の木はよく見かけるがこんなに真っ黄色なのは初めてだ。
110412-ミッドタウン-04

 後で調べたら、この黄色い葉は「オウゴンマサキ」と云うらしいことが分かった。 なんせミッドタウンのコンシエルジュさんのブログに書いてあったのだから間違いないだろう。 この色はまさに黄金と云えるだろう。
 そのオウゴンマサキの隣に咲いていた花、見たことはあるのだが思い出せない、と思ったら、そばに札が立っていて「ミツマタ」と分かった。 ミツマタとは三椏と書くらしいが、紙の材料として知られている木だ。
110412-ミッドタウン-05

 枝が三つに分かれるところから付いた名前らしく、たしかにこんな感じに三又に成っているのが多い。
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 広い庭園には、こんな分からないオブジェも置かれていた。 これはかなり大きく、高さは3、4メーターくらいだったろうか。
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 芝生にムクドリが一羽遊んでいた。 近寄っても逃げなかったので、一枚ぱちり。
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 画面からはみ出してしまうかも知れないが、これは2枚を合成したパノラマ写真。 満開の桜と既に芽吹いている新芽が綺麗だと思ったのだが…。
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 これは一段上がった歩道橋のようなところから見た風景。 こんな人工的な庭園でも、この時期、中々良い感じである。
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 ミッドタウンのメインビル(?)。 これがリッツカールトンになるのか?
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 やはり桜には青空が似合う。
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 植え付けられて数年しか経っていないはずだが、こうして見事に花を咲かせるのは、やはりすごい。
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 ミッドタウンを出て少し北に行くと、旧乃木邸、乃木公園、乃木神社がある。
 これが旧乃木邸。 明治天皇に殉死した大将、ご婦人の命日である9月13日には公開されるそうだ。
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 これはその乃木公園の桜。 
110412-ミッドタウン-15

 おそらくはこの公園も乃木邸の庭園だったと思われるので、そう思って見ると、ことさら気品を感じてしまう。
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 ぶらぶらしていたら、肝心の乃木神社にお参りする時間が無くなって、失礼してしまった。

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  1. 2011/04/12(火) 23:59:59|
  2. 花、草花
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仏光寺の枝垂れ桜

4月11日
 高校のクラス会で、日帰りで京都へ行った。 現在は名称が変わっているが、当時は「京都市立堀川高校音楽課程」、と云うのが正式名称だったと思う。 自分たちでは「音楽コース」と言っていた。
 我々の学年では1学年1クラス、総勢34人、うち男子7人と云う、至極こぢんまりとした構成だった。
 現在、最低で70歳、中にはダブっていた人も居たので、上は73歳くらいに成るかも知れないが、既に故人と成った人が2人居るので、生存者32人、そのうちの14人が集まった。 卒業して52年、全員が古希をクリアしたクラス会としてはかなりの出席率かも知れない。
 会場の料亭は中町通仏光寺下がる、と云う場所なので、四条烏丸の少し西南、と云う事は元京都市民としてはすぐに分かる。 京都駅には45分前に着いたので、歩いて行くことにした。
 烏丸をひたすら上っていけば良いのだが、まず驚いたのが、元「丸物」という百貨店が有った場所が、なんとヨドバシカメラに成っていた。 マルブツと云っても分からない人も多いかも知れない。 後には「近鉄」に成っていた。 外から見ただけだが、全国各地に有るヨドバシの店舗の中では、一番お洒落で品が良いように見えた。
 その先に有るのが東本願寺だ。
 左に見えているのが御影門(多分)、桜並木の右側が烏丸通り、仏具店などが並んでいるはずだ。
110411-京都-03

 これが御影門、入ると正面に御影堂が有る。
110411-京都-04

 修理のためのカバーが掛かっているのが阿弥陀堂だろうか、右端に見えているのが、数年間同じような覆いが掛かっていた御影堂、ようやく完成したようだ。
110411-京都-05

 正面からはちょっと写真が無理だったが、これが修理が完了した御影堂。
110411-京都-06

 お寺の前のサクラ並木。 京都のサクラも今年は東京と同じくらいのタイミングで咲いているようだ。
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 大きな聞くの紋が見えるが、「菊の門」と云うらしい。 当然ながら皇室関係の出入りに使われるのだろう。
110411-京都-08

 たしか子どもの頃に母親に連れられて来た記憶は有るのだが、20年間京都に住んでいて、その後も頻繁に来ているのに本願寺にお参りした事があまり無い。 この日も時間が無かったので、ほんの少しのぞき込んだ程度で失礼してしまった。
 寺の周りの堀に、花を植えたこんな筏が浮かんでいた。
110411-京都-01

 肝心のクラス会のほうは、元々が少人数で、全体が家族みたいなものだ。 比較的最近に会った人もいれば、何十年ぶりと云う人も居るが、すぐに昔に戻って話が出来るのが嬉しい。
 写真を撮ったのはこれだけだったが、こんな感じの洒落た料理を囲んで、楽しい時間を過ごすことが出来た。
110411-京都-12

 二次会は近くのホテル、お茶を飲んだりした後、仏光寺の枝垂れ桜が綺麗だ、と云うので、数人でそちらに回った。
 仏光寺は、正式には「佛光寺」と書くらしいが、南は高辻通り、北は仏光寺通りに面していて、烏丸より少し東に有る。
 いわゆる本山で、敷地内にいくつもの塔頭が有る。
 これが仏光寺の枝垂れ桜、WIKIによると、この左側が大師堂、右側が阿弥陀堂らしい。
110411-京都-11

 こちらもちょうど見頃だろうか、同じサクラでも、こうしてバックにお寺の建物があると、一段と風情を感じるから不思議だ。
110411-京都-10

 他にも行きたいところは一杯有ったのだが、次の日に仕事を控えていたので、正味6時間あまりの実にあわただしい日帰り旅行だった。
 ちょうどよい時期だっただけに残念。

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  1. 2011/04/11(月) 23:59:59|
  2. 花、草花
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恩田川、花曇り

4月10日
 例年この時期に有る自治会の総会に出席した。
 その帰り道、遠回りをして恩田川沿いの桜を見に行く。 恩田川の桜は、大きく分けて二ブロックあって、まずは南大谷小学校、、中学の裏手の辺りだ。
 川の左側、桜の向こう側がその学校になる。
110410-恩田川-01

 「花曇り」と云うのは、どうも負け惜しみの感じがしないでもないが、、今日はまさにその花曇りで、ちょっと花は引き立たないが、寒くもなく、歩いても汗をかくこともなく、風もほとんど無かったので、有る意味絶好の花見日よりと云えなくもない。
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 川沿いの遊歩道脇に、何故か生えているミズバショウ、あまり状態が良いとは云えないが、毎年ちゃんと咲いている。
 町田市では唯一、ここだけだそうだ。
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 河川敷に生えている、この一本の木に紅白、白とピンクの花が咲いているのは、ハナモモ?
110410-恩田川-04

 こちらも毎年サクラと同じ時期に咲いているが、名前が分からない。
110410-恩田川-05

 若干ピンぼけだが、これも同じ花。
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 これは高瀬橋から見た下流方向で、ここは下に降りられるように成っているので、下でピクニックを楽しむ家族連れも結構あった。
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 同じ高瀬橋からの別アングル。
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 同じような桜でも水をバックにすると引き立つ感じがする。
110410-恩田川-10


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 ほんの少しだが、もう散り始めているので、川面には花びらが流れていた。
110410-恩田川-12

 マクロレンズではないのであまり寄れないが、この程度が限界か?
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 こちらはもう葉が出始めているし、花も白っぽい。 ヤマザクラ?
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 高瀬橋よりひとつ下流の橋から、さらに下流方向を見たところ。 両岸にこんな感じの桜並木がずっと続いている。
110410-恩田川-15

 これは川とは反対側にある釣り堀のようなところだが、左下に可愛いお花見が写り込んでいた。
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 恩田川とは立体交差で上を通っている「会下山橋」に上がる途中から下流方向を見る。 もう少し先は横浜市になる。
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 その会下山橋(エゲヤマバシ)から上流方向を見る。 
110410-恩田川-18


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 こんな風に幹から直接咲いているのを「胴吹き」と云う事をつい最近知った。 これは IXY で撮っている。
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 これは帰り道で、来た時とは反対側を通っている。 この先がさっき撮った高瀬橋になる。
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 このモクレンの大木も毎年こんな感じで見事に咲いている。
110410-恩田川-24

 同じモクレンをしたら見上げる。
110410-恩田川-25

 下を見ると、こんな小さい花が咲いていた。 直径5ミリ程度で、蔓状に地面を這っている。
110410-恩田川-26

 たしか去年も撮った記憶が有るが、名前は分からずじまいだったような。
110410-恩田川-27


P.S.
 この小さい花は、「ツタバウンラン」と云う事が分かった。
 仮名書きだと「?」だが、「蔦葉雲蘭」と書くとなんとなく分かる。
      tnx dr.rabapika !


 同じようなところを毎年撮っているが、比べてみると、カメラはグレードアップしているのだが、写りはどうもイマイチの感じがする。 やはり天気のせいか。

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  1. 2011/04/10(日) 23:59:59|
  2. 花、草花
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外堀、千鳥ヶ淵

4月5日
 たまたま仕事が一口坂、九段坂上の近くのスタジオだったので、普段だったら市ヶ谷駅から靖国通りを行くところだが、外堀沿いの公園状に成っている遊歩道を歩いた。
 外堀をバックにした桜。 下に見えている線路は中央線、いや総武線か?
110405-外堀-01

 なるべく咲いているところを撮っているが、全体的には多分、五分咲きくらいだったろうか。
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 桜もやはり青空のバックが似合う。
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 花見を自粛せよと何処ぞの知事が云ったそうで、そのせいかどうかは分からないが、例年よりはブルーシートの場所取りは少ないように見えた。 それでもこうしてしっかり盛り上がっているグループも有った。
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 この堀の左側はずっと桜で、このところ毎年このアングルで撮っているのだが、こちらはまだあまり開いていないようだった。
110405-外堀-05

 一口坂の後は番町のスタジオで、歩いてすぐの距離だが、時間が有ったので遠回りをして千鳥ヶ淵に行ってみる事にした。
 これは靖国通り沿いの桜。 塀の向こうはもちろん靖国神社だ。
110405-千鳥ヶ淵-01

 こちらは千鳥ヶ淵。 ボートも結構出ていた。
110405-千鳥ヶ淵-02

 日当たりの関係か、対岸、つまり皇居側のほうが多く咲いているように見えた。
110405-千鳥ヶ淵-03

 ボートに乗って、下から見るのも悪くないだろう。
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 桜の木の周りにはシャガ植えられていて、こちらはすでに満開と云う感じだった。 さださんの「自分の木」はどれだろうか?
110405-千鳥ヶ淵-06

 去年だったか、やはり桜の時期に千鳥ヶ淵に来たが、ものすごい人出で、市ヶ谷の辺りから舗道が一方通行状態に成っていて、それも大渋滞していた事があったが、今回はまだ満開ではないのと、ウイークデーだった事もあってか、思ったよりは人が少なかったので助かった。
110405-千鳥ヶ淵-07

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  1. 2011/04/05(火) 23:59:59|
  2. 花、草花
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青山墓地の桜

4月4日
 西麻布の「ラボレコーダーズ」と云うスタジオに行った。 聞き慣れない名前だが、以前はワーナーミュージックレコーディングスタジオと云っていたところで、最近名前が変わったようだ。 特に設備が変わったと云うところは無かったように思った。
 楽器の関係も有って、珍しく車で出かけたのだが、道路が意外と空いていて、1時間以上も早く着いてしまった。
 天気も良かったので、近くの青山墓地に出かけてみた。
110404-青山墓地-01

 西麻布のほうから上ってくる道だが、これは道の左側斜面に群生していたシャガ。  昔住んでいた京都の実家に、このシャガが生えていたので、なんとなく親しみを感じてしまう。
110404-青山墓地-02

 こちらはシャガの接写。 と云うか、この花、シャガでよかったのかしら?
110404-青山墓地-03

 場所によっては結構開いているところ有ったが、全体としては3分咲きくらいだろうか?
110404-青山墓地-04

 これなどは比較的よく咲いている一角。 日当たりが良いのだろう。
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 サクラにはやはり青空がよく似合う。
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 花でもつぼみでも、秋には紅葉してもサマになる、さすが桜と云うところか。
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 この IXY 10 のマクロは結構気に入っている。
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 毎年、こんな感じで幹から直接出ている花やつぼみを撮っている気がする。
110404-青山墓地-10

 帰りに、有名な「かおたんラーメン」を食べた。 店の様子は全く変わっていない。 味も中々よかった。
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 このかおたんラーメン、「煙突屋」と云う別名だか愛称が付いているらしい。 たしかにレトロな煙突が、それも何本も立っている。
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 仕事はCM音楽録りで、内容に関しては、実際にオンエアーになるまではオフレコとの事だった。
 演奏している時間よりも待っている時間のほうが圧倒的に長かったが、CMの仕事はこう云う事がよくある。

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[青山墓地の桜]の続きを読む

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  1. 2011/04/04(月) 23:59:59|
  2. 花、草花
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約半世紀に渡り、スタジオミュージシャンをやっています

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